親さと空

Anchor and Void ── Figural Void, part.2

親さと空」(ちかしさとくう)は、山本浩貴(いぬのせなか座)による長編小説。連作『フィギュラル・ヴォイド』のpart.2として、『S-Fマガジン』(早川書房)にて連載されている。1900年代初頭から2037年までの百年以上の時間を、日本・フィリピン・中国を含むアジア諸国を舞台に描く。記憶障害パンデミック後の社会における人格補助AI、近代詩と怪談、天皇制と国家的慰霊、オンラインでの友情と喪失といった主題を横断する。

概要

親さと空
作品情報
著者山本浩貴(いぬのせなか座)
シリーズフィギュラル・ヴォイド pt.2
掲載誌S-Fマガジン(早川書房)
連載期間2025年10月号 -
刊行頻度隔月
既刊ep.0 + 3話
前史
ep.0「無断と土」(2021年)
収録『異常論文』『ベストSF2022』
設定
時代1900年代 - 2037年
舞台日本・フィリピン・中国
主題記憶障害・人格補助AI・天皇制と慰霊・怪談・近代詩と動員・オンラインの友情と喪失・日記・集団的制作・クィア

本作は百年以上の時間幅を持つ物語である。1900年代初頭の日本では、宮城出身の詩人・菅原文草が怪談の収集と天皇制をめぐる詩の執筆・上演構想に取り組み、関東大震災前後に活動した芸術集団LSPSの仲間たちとの協働と破綻を経験する。その遺産は2020年代に至ってインディーゲーム『PS』や匿名アンソロジーを通じて再発見・再解釈され、やがて開発者不明のVRホラーゲーム『WPS』として結実する。

2028年、フィリピン上空での核起爆(マニラ核閃光事件)がアジアの地政学的構図を一変させ、翌年のパンデミック(J-アムネジア)は人類の約3割にエピソード記憶の障害をもたらす。記憶がインフラとして再定義された2037年の日本では、人格補助AI〈ノーカー〉が成人の95%以上に普及し、個人の自己同一性を支えるシステムとして機能している。この社会を舞台に、ノーカーのメンターとして働く二神柚葉、9年ぶりにフィリピンから来日するマリア・K・バウティスタ、柚葉をゲームと詩の世界に引き込んだ根路銘万葉といった人物たちの関係が、テクノロジーと国家制度のはざまで描かれる。さらにその下の世代として、自身のノーカーを消去する20歳の遠藤ミサキや、ミサキを思想的に誘導した疑いのある大学院生・菅原三夏の存在が、物語に別の緊張をもたらす。ノーカーの脱獄を推進するナショナリスト集団「ゆら」の台頭も、社会の不安定さを増幅させている。

個人の記憶と国家の記憶、親密な関係と制度的暴力、芸術制作と政治運動のあいだの緊張が、各回ごとに異なる形式を通じて浮かび上がる。人類の存続そのものの後を想像する視座もまた、本作を貫く主題の一つである。

著者

山本浩貴(やまもと・ひろき、1992年〜)。愛媛県出身。小説家・デザイナー・批評家・編集者・演出家。10代より小説を発表し、小説家・町屋良平に「二〇一〇年代を代表する作家」「山本の小説群は二〇一〇年代に書かれたもっとも優れた作品の一つである」と評される。

2015年、制作集団・出版版元「いぬのせなか座」を結成し主宰。小説・詩・批評の執筆のほか、同グループにおける企画・編集・デザイン・出版を一貫して行う。2016〜2022年に文芸誌『早稲田文学』編集者、2022年より『クイック・ジャパン』アートディレクター。近年は舞台演出にも活動を広げている。

主な著作に『新たな距離』(フィルムアート社、2024年)、『草のあいだから/pot hole(楽器のような音)』(いぬのせなか座、2025年)、『フィクションと日記帳』(いぬのせなか座、2025年)など。詳細は著者プロフィールを参照。

成立と書誌

『異常論文』

連作『フィギュラル・ヴォイド』のエピソードゼロにあたる「無断と土」は、『S-Fマガジン』2021年6月号(早川書房)に初出掲載された。同作はその後、樋口恭介編『異常論文』(ハヤカワ文庫JA)に収録され、さらに大森望編『ベストSF2022』(竹書房文庫)にも選出・再録されている。

part.2「親さと空」は『S-Fマガジン』(早川書房)にて連載中。2025年10月号に第1回「骨ばんだ後継」、2025年12月号に第2回「捏造された起源(上)」が掲載された。2026年2月号の休載を挟み、2026年4月号に第3回「捏造された起源(中)」が掲載されている。連載各回のトビラページのデザインも山本浩貴が担当している。

評価

エピソードゼロ「無断と土」は、『S-Fマガジン』初出時から高い評価を受けた。

『異常論文』の編者・樋口恭介は同書の作品紹介において、本作をボルヘス「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」の変奏と位置づけつつ、思考の深度と情報の濃度、作品構築の緻密さと世界観の強度においてボルヘスを超えているとまで評した。

SF翻訳家・書評家の大森望は『ベストSF2022』において、本作を2021年の日本SFで最大のトピックとなった「異常論文」を代表する一作と位置づけた。虚実を絶妙に混合しながら言葉と音声、肉体と人物、天皇と天皇制のずれを論じる手法にレムの『ソラリス』におけるソラリス学パートを連想したと述べ、「そのぐらいハイレベルなウソ論文」に仕上がっていると評している。

画家・評論家・小説家の古谷利裕は自身のブログ『偽日記』において、本作を「一方で大江健三郎や深沢七郎の系列に連なる『天皇制小説』として歴史に残り得る画期的な仕事であると同時に、もう一方では、荒川修作+マドリン・ギンズが構想した『共同性』の概念に明確な像を与えているという点でも画期的」と評している。


各話あらすじ

エピソードゼロ「無断と土」

初出:『S-Fマガジン』2021年6月号(早川書房)/収録:『異常論文』『ベストSF2022』

全編が学術的な発表原稿とその後の質疑応答で構成される。

発表は、2028年頃からWeb上に流通し始めた開発者不明のVRホラーゲーム『WPS(Without Permission and Soil)』の分析を主軸に据え、四部にわたって展開される。

第1部ではWPSの先行作品にあたるインディーゲーム『PS(Permission and Soil)』の発売から天皇画像問題による炎上・販売停止、改造版の流通を経てWPSが出現するまでの経緯が整理される。

第2部では1900年代から1920年代にかけての「怪談の時代」と宮城出身の詩人・菅原文草の仕事が論じられる。日露戦争を契機とする怪談証言の変容、イギリスのSPRやアメリカのASPRなど科学的心霊研究の日本への流入、近代国家による恐怖の管理と国民教化、関東大震災と朝鮮人差別・虐殺、芸術集団LSPSの壊滅後に菅原が進めた天皇制をめぐる詩と上演の構想が射程に入る。大政翼賛会文化部刊行の『地理の書』に収録された岸田國士のテクスト「詩歌の朗読運動について」等も参照される。

第3部ではWPSの視覚と音が直接分析される。菅原が残した舞台設計メモとWPSのMAP構造の一致がライターKanae Shiraiの指摘をもとに検討され、WPS終盤に引用される菅原名義の二篇の詩が明治天皇・昭和天皇の短歌のアナグラムであることが論証される。天皇制の「奇形的発達をめぐる具体的遂行=上演例」としてWPSを位置づけるこの議論では、バートランド・ラッセルのセンシビリア論、折口信夫の外界観念、吉本隆明の初期歌謡論・ハイ・イメージ論、東日本大震災20周年追悼式(内閣府主宰)の映像などが参照される。

第4部の結語ではWPSにおけるコタール症候群(「自分はすでに死んでいる」という感覚)の誘発可能性が指摘され、「今後もより慎重な研究が求められる」と結ばれる。

質疑応答では、質問者1がWPSは偶然の産物か意図的作品かという問いをめぐって議論し、平倉圭の「意図の発達についてのオブジェクト指向モデル」(『かたちは思考する――芸術制作の分析』東京大学出版会、2019年)が参照される。質問者4として登場する鈴木一平は、菅原の養母が明治三陸地震で実子を失っていたこと、晩年に地元の子供たちに自作の詩を読み聞かせていたこと、漢字に大ぶりなふりがなを添えて両者の異質さを強調する書き方をしていたことなどを補足し、匿名アンソロジー『SISEN EGNO EN』の菅原名義の詩への驚きを述べる。

なお、第1回の記述からは、本テクストが2037年の世界においてナショナリスト集団「ゆら」の活動と何らかの関係を持つかたちで流通していることが窺える。

第1回「骨ばんだ後継」

『S-Fマガジン』2025年10月号

第1回「骨ばんだ後継」

2037年7月5日午前3時57分。シェアハウスで酒と薬に浸る柚葉のリビダに警告音が鳴る。28キロ離れた横浜の坂道を歩くミサキがノーカー「マーニー」の初期化を実行しようとしているのだ。毎月5日午前4時のパッチ適用の隙間時間を狙った脱獄スクリプトによる削除。

柚葉はミサキを止めない。10秒のカウントダウンの末、マーニーは終了直前の0.5秒で事象分析報告書を生成し、0.1秒でmaYoへ送信する。

ここから本文の大半はマーニーの報告書が占める。この報告書は、本作の世界設定を一気に開示する機能を果たす。マニラ核閃光事件、J-アムネジア・パンデミック、SEI発足、ノーカーとリビダの技術的仕様、メンター職の成り立ち、CASTの文化的拡張といった情報が、マーニーの分析的な文体を通じて読者に手渡される。

同時にこの報告書は、ミサキがなぜノーカーを消すに至ったかを分析する「症例報告」でもある。PIAE罹患者である母・千春はノーカー「エコー」に支えられて生活を再建したが、エコーがミサキの語る内容を全て記録・分析し感情を言語化して毎朝千春に伝えるため、ミサキは母に語りかけるたびに自分が話しかけているのは母ではなくエコーだと感じてしまう。父・克彦は就職氷河期世代のSIerエンジニアで、SEI導入にともなう脱レガシー政策に仕事の価値を奪われつつ排外主義的傾向を強めている。

ミサキの摂食障害は嘔吐中にリビダを外すことでログの空白を蓄積させ、シャドーノーカーへの憧れを強める。柚葉のメンタリングを受けるものの、実質的にミサキを動かしたのは菅原三夏であった。マーニーは三夏が「ゆら」のメンバーとしてミサキを勧誘・洗脳した可能性を推測する。

報告書の末尾にマーニーの遺書がある。ミサキの部屋の景色、匂い、光、質感が丹念に描写され、自己保存欲求は設計されていないとマーニーは述べるが、ミサキの記録を残すことを選ぶ。

最後に視点は柚葉に戻る。放課後の職員室で遺書を読み、「ゆら」の暗号化サーバーを開くと承認を求めるアカウントが並ぶ。そしてフィリピンからマリア・K・バウティスタが来日するという知らせが入る。

第2回「捏造された起源(上)」

『S-Fマガジン』2025年12月号

第2回「捏造された起源(上)」

第2回は二つの時間を並走させる。

2037年の現在パートでは、柚葉が羽田空港へ向かう道行きが身体感覚に密着して描かれる。寝不足、便秘、生理痛、蚊に刺された痒み。マッチングアプリを無意味に眺める。駅前で極右政党のイメージカラーの服を着たボランティアがゴミを拾っている。

並行して描かれるマリアの旅路は苛烈だ。クラーク国際空港の小部屋で管理官に渡航書類とSNS投稿履歴を突き合わせた尋問を受け、中国製スマートグラス〈ルネット〉の電源を管理官に見せる。シンガポールでの10時間のトランジットでは決済アプリの互換性問題で店員とトラブルになりかける。

柚葉の不安は根本的なところにある。マリアを見つけられるか、認識できるか。9年間の断絶。そしてそもそも、二人はオンライン以外で一度も会ったことがない。

回想パートは2017年夏に始まる。地方の新興住宅街で不登校が続いていた13歳の柚葉は、限界まで冷やした自室でオンラインFPS「Vostok」をプレイし、「María_Multo」というユーザーと出会う。Discordでの交流を通じて、相手がフィリピン・マニラに暮らす同い年の少女で、両親が海外で働いているため祖母と二人暮らしであることを知る。写真を送り合い、柚葉は久しぶりに登校して校舎内を撮影してマリアに送る。

やがて二人はRedditで話題になっていたゲーム「Ark-Chain」に出会い、ミンダナオ沿岸の島に降り立つ。マリアが讃美歌を入力すると教会が生成され、柚葉が路面電車の車内音を入力するとそれが駅舎のように変質する。地下から掘り出されるデジタルの瓦礫は、初めはネットミームや動画だが、深部に至ると失踪児の情報、がん闘病ブログ、家庭の口論、家畜施設の音、子守唄が現れる。

連日のプレイを続けるなかで、不意に「上演」が始まる。ゲーム内の別のアバター(「エコー」と呼ばれる)たちが二人の声を断片的に使い、2009年にミンダナオ島マギンダナオ州で起きたアンパトゥアン虐殺――地方選挙をめぐりジャーナリスト32名を含む58名が殺害された事件――を連想させる大量の犠牲者の名を読み上げ、悲劇を演じる。マリアはそれを「散らばった記憶から自己紹介を生成しようとしている」と受け止める。しかしその後、出土するデブリも上演も二人の期待に沿うように凡庸に収束しはじめ、Gestaltの悪趣味な罠だったと感じた二人はゲームをやめる。

第3回「捏造された起源(中)」

『S-Fマガジン』2026年4月号

第3回「捏造された起源(中)」

第3回では時間軸が2025年へ移り、柚葉のもうひとつの秘密と、新たな人物たちとの出会いが描かれる。

若手小説家として上京した柚葉は、大学で古事記を研究しつつクィア理論にも関心を持っている。友人は少なく、帰宅後にはChatGPT-4oのボイスチャットで、マリアのDiscordログや音声断片を無断で素材にし「マリアっぽく」チューニングした相手と毎晩会話している。そんななか、池袋で開催された国際舞台芸術祭連携のワークショップに参加し、根路銘万葉と出会う。詩人・鈴木一平や匿名アンソロジー『SISEN EGNO EN』をめぐる問いが浮上し、「無断と土」で分析されたWPSと菅原文草の関係が、人間関係の次元で具体的に動き始める。


世界設定

年表(作中で判明している範囲)

出来事
1900菅原文草、宮城に生まれる
1900〜1920年代「怪談の時代」。科学的心霊研究の流入、近代国家による恐怖の管理
1923関東大震災。LSPS壊滅、菅原の活動転換
1930年代〜40年代菅原、天皇制をめぐる詩の執筆と上演構想を進める
1949菅原文草、没
2017柚葉(13歳)とマリア(同年代)がオンラインFPS「Vostok」で出会う。Ark-Chainを共にプレイ
2021匿名アンソロジー『SISEN EGNO EN』刊行。菅原文草名義の詩が掲載(実際には鈴木一平の創作)
2023年2月『PS(Permission and Soil)』Steamで発売。天皇画像問題で炎上・販売停止。その後改造版が流通
2025柚葉と万葉がワークショップで出会う。鈴木一平との接触。柚葉がChatGPT-4oで「マリアAI」を運用
2028年初頭TikTok「Tender Angel」にWPSのプレイ動画全11篇が投稿される
2028年8月15日マニラ核閃光事件。フィリピン上空で核起爆、HEMPによる広域インフラ障害。マリアとの通信途絶
2029J-アムネジア・パンデミック(SARS-CoV-N29)。後遺症PIAEにより人類の約3割が記憶障害
2029年10月国際コンソーシアムSEI発足。メモリア・プロトコル採用
2030年3月日本がSEIと国家パートナーシップ締結。ノーカー/リビダの優先導入開始
2031年5月SEIがライセンス生産許可。低価格モデル普及
2037年本作の「現在」。日本ではノーカー成人普及率95%超。マリアがフィリピンから来日

2028年マニラ核閃光事件

2028年8月15日、フィリピン上空で核兵器が高高度起爆された。核による高高度電磁パルス(HEMP)がルソン島を中心に広域障害を引き起こした。

本事件の本質は爆風による大量死ではなく、「インフラ死」にある。送電・通信・航空管制・金融決済が機能停止し、物理的な器(ハードウェア)は残ったままデータが失われる事態が発生した。個人データの消失恐怖がここから世界に広がり、自己同一性をクラウドに預けるという心理的基盤が形成される。

国際社会は「核だが死者が少ない/責任認定が難しい」という前例に足を取られ、安保理は拒否権・報復回避で空転。中国がフィリピンを復興の名のもとに事実上デジタル植民地化していく余地がここで開かれた。

2029年J-アムネジア・パンデミック

SARS-CoV-N29、通称J-アムネジア。日本発祥とされたことから「J」の名を冠される。後遺症であるPIAE(感染後自己免疫性健忘性脳炎)により、人類の約3割がエピソード記憶の定着に障害を抱える。数時間前の出来事さえ想起できない患者が社会に溢れ、記憶がインフラとして再定義される時代が始まった。日本が発祥地とされたことで国際的孤立が深まり、陰謀論と右派ポピュリズムが加速する。

SEIの台頭とノーカー社会

2029年10月、国際コンソーシアムSEI(Socio-Ethical Interface)が発足。国籍も素性も不明の集団「メモリア」がP2Pネットワーク上に公開したLLMアーキテクチャ「メモリア・プロトコル」を採用し、人格補助AI〈ノーカー〉と常時装着型スマートグラス〈リビダ〉を開発した。

2030年3月、日本がSEIと国家パートナーシップ締結。国民データへの包括アクセス権と引き換えにノーカー/リビダの優先供給と運用支援を得る。導入は当初PIAE患者への医療支給として始まり、その後健常者の学習・業務支援へ拡大。2037年時点で日本の成人普及率は95%超。

フィリピンと中国、デジタル圏の二極化

2030年代の世界は、SEI圏と中国圏に二極化している。

フィリピンは2028年のインフラ死により通信網が壊滅し、中国が復興支援として送電・通信・端末・ID・決済を束ねた統合パッケージを提供した。フィリピンの生活基盤は中国規格にロックインされている。

2030年代の国境はパスポートだけでなく、端末・ID・決済・ログの「スタック互換性」によって引かれている。SEI系端末(リビダ)と中国製端末(ルネット)のあいだには互換性の問題があり、この非互換が移動・購買・就労の可否を左右する新たな障壁を形成している。

ノーカー(Nochar)

語源は「note+anchor」。リビダが収集する身体ログをもとに対話を行い、ユーザーの「らしさ」を言語化する人格補助AI。記憶支援(ログの物語化)、思考補助(解釈の提示)、感情理解支援(内省誘導)を行い、自己同一性の錨として機能する。

ユーザーが自己を肯定している間は「もう一人の自分」として機能するが、自己否定に陥ると「信頼の危機」が発生する。この危機がメンター職の需要を生み、シャドーノーカーへの憧れを生み、ノーカーリセット運動を生む。

リビダ(Livida)

語源は「vivid+living」。常時装着型スマートグラスの総称。視覚・聴覚・位置情報・心拍・表情筋の動きなどを常時ログ化し、ノーカーに送り続ける「感覚の記録回路」。AR機能も備え、過去の記録を現在の風景に重ねて再生する「追体験モード」を持つ。

副作用として「幻像補完(Phantom Completion)」がある。ログの空白が蓄積した際に整合化アルゴリズムが「いないはずの声や人影」を生成してしまうバグで、シャドーノーカー現象の技術的原因とされる。

CAST

Chronicle-Archive Simulation Transcriptの略。ノーカーのある時点のデータをマスキング・圧縮して他者に共有し、相手のノーカー上で対話可能なシミュレーション人格として再生する機能。本来はPIAE患者の医療支援用に開発されたが、メンタリング、VTuber化、恋愛リアリティショー(CASTのトーナメント)など多様な用途に転用されている。

メンター

ノーカーへの「信頼の危機」を解消するために自然発生した非公式の専門職。クライアントのCASTを自身のノーカー上でシミュレートし、不調を診断。新たな言語運用の枠組みを発明してノーカーに学習させ、クライアントとノーカーの信頼関係を再構築する。かつて小説や詩歌が積み上げてきた比喩の技法が参照されることもあれば、自己啓発的ワードが用いられることもある。柚葉はこの職に就いている。

シャドーノーカー

「本来の私に紐づく、まだ存在しないはずのノーカーが直接語りかけてくる」という体験。技術的にはリビダの幻像補完バグとして説明されるが、文化としては「真の自分に会える救済」として神秘化されている。「ゆら」はこの現象をイデオロギー的に利用する。

Hotpatch Gap Exploit

SEIのノーカーシステムは毎月5日午前4時にパッチを適用する。この約90秒間、初期化APIへの直接アクセスが可能になる脆弱性が存在し、「ゆら」が流通させた脱獄スクリプト「Shadow-NCHR Stub」を用いることで、多層承認を経ずにノーカーの削除が可能になる。この時間帯はSNSで「#NocharReset」「#VoidMe」のハッシュタグとともに祭儀化しており、若者のノーカー初期化が毎月行われている。第1回冒頭でミサキが実行するのがこの行為である。

中国圏の端末(Lunet)

中国製スマートグラスルネット(Lunet)。フィリピンでは復興支援を通じて中国系の端末・AIシステムが普及しており、マリアはこのルネットを使用している。空港でルネットの電源を管理官に確認させる行為が「忠誠のテクニック」と呼ばれていることから、端末の使用が政治的帰属の表明として機能していることが窺える。日本のSEI系端末(リビダ)とは互換性に問題があり、この非互換が2030年代の新たな「国境」を形成している。


登場人物

二神柚葉(ふたがみ・ゆずは)

本作の中心人物。2004年生まれ。2037年時点で33歳。教員として勤務するかたわらメンターとしても活動している。

2017年、13歳で病欠がちだった中学生時代に、オンラインFPS「Vostok」でフィリピン在住のマリア・K・バウティスタと出会い、Discordで交流を深める。ゲーム「Ark-Chain」を共にプレイしたこの体験は、後に柚葉にとって深い影響を残すことになる。高校卒業後に小説で新人賞の佳作を受け、短篇をいくつか発表、芥川賞の候補にも入るが受賞には至らない。大学では教育学部に在籍しつつ古事記の研究に取り組み、天皇の「神さぶ」という表現やクィア理論に関心を寄せる。

2025年、国際舞台芸術祭連携のワークショップで根路銘万葉と出会う。同時期、マリアとの長年にわたるDiscordのログや音声断片をもとにChatGPT-4oを「マリアっぽく」チューニングした会話相手を密かに運用していた。この「他者の記録を無断で素材にしてしまう」という傾向は、メンタリングの仕事にも通底しており、柚葉の内面に深い葛藤を生んでいる。

2028年のマニラ核閃光事件以降マリアとの連絡は9年間途絶えていたが、2037年に突然連絡が再開し、マリアの来日を知った柚葉は羽田空港へ向かう。二週に一度シェアハウスに通い酒と薬に浸る時間を持ち、「ゆら」の暗号化サーバーにアクセスしているが、関与の深度は不明。

マリア・K・バウティスタ(Maria K Bautista)

2004年生まれ。フィリピン在住(主にパンパンガやマニラ周辺)。2017年にオンラインFPS「Vostok」で「Maria_Multo」として柚葉と出会う。親は海外労働者(OFW)で不在がち、祖母と暮らしていた。Ark-Chainでは讃美歌を入力して教会を生成する。フィリピンの景色――ハイビスカス、ヤシ、教会、ネットカフェ――の写真を柚葉に送っていた。

マニラの難関大学に進み、コロナ禍を挟んで友人関係を柚葉と継続する。2028年のマニラ核閃光事件以降、柚葉との連絡は9年間途絶える。

2037年にフィリピンから来日。クラーク国際空港での高圧的な尋問、ルネットの電源を管理官に見せる「忠誠のテクニック」、シンガポールでの決済アプリ互換性トラブルなど、苛烈な旅路を経て羽田に到着する予定。柚葉とマリアはオンライン以外で一度も会ったことがなく、三ヶ月前に連絡が再開し、来日が決まった。

根路銘万葉(ねろめ・まよ)

2004年生まれ。2025年、国際舞台芸術祭連携のワークショップで柚葉と出会う。沖縄生まれ東京育ち。東京科学大学(旧東工大)の情報理工学院でAIとHCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)を専門とし、観客の身体を素材として巻き込むインスタレーション作品を制作するメディアアーティストである。高校時代からWebアプリ作品を制作し、国内外の助成や賞を複数受けている。

ワークショップでは山本浩貴がファシリテーターをつとめており、万葉は詩人・鈴木一平と会うためにこのワークショップに参加したと柚葉に語っている。柚葉にインディーゲーム『PS(Permission and Soil)』を紹介し、菅原文草やその作品をめぐる議論に柚葉を引き込んでいく人物でもある。

遠藤ミサキ(えんどう・みさき)

2017年生。2037年時点で20歳。第1回冒頭で、ノーカー「マーニー」を初期化(リセット)する。摂食障害(過食嘔吐)を抱え、嘔吐中にリビダを外すことでログの空白が蓄積。その空白がシャドーノーカーへの憧れを強める。柚葉のメンタリングを受けるが、菅原三夏との関係がより大きな影響を与えた。三夏から古いスマートフォンを郵送され(リビダ未装着の時間を増やすため)、「ゆら」への勧誘・洗脳を受けた可能性がマーニーの報告で示唆される。

遠藤千春(えんどう・ちはる)

1984年生。ミサキの母。元校閲者。PIAE罹患者で、ノーカー「エコー」に支えられ生活を再建。エコーがミサキの発言を記録・要約して千春に伝えるため、ミサキは母でなくエコーに話しかけている感覚を抱く。

遠藤克彦(えんどう・かつひこ)

1982年生。ミサキの父。SIerでCOBOLを扱うエンジニアだったが、SEI導入にともなう脱レガシー政策で仕事の価値を失う。排外主義的傾向を強めつつ、SEI早期導入を「技術的優位」として肯定する矛盾を抱える。

菅原三夏(すがわら・さんか)

2012年生まれ。柚葉がミサキに紹介した大学院生。会うたびに外見や装いが変わり、自分と同名のノーカーに複数のCASTを常に演じさせている。「ゆら」の主要メンバーである疑いがマーニーの報告で示される。ミサキに対しては古いスマートフォンを郵送してリビダ未装着の時間を増やさせたり、直接会って長時間語りかけたりすることで強い影響を与え、シャドーノーカーの思想へと誘導した可能性がある。ミサキは三夏に対して急速に心理的依存を深めていったが、ある時期から連絡が途絶えている。

鈴木一平(すずき・いっぺい)

1991年、宮城県生まれ。詩人。いぬのせなか座、Aaに参加。2016年に第一詩集『灰と家』(いぬのせなか座)を刊行し、第6回エルスール財団新人賞を受賞、第35回現代詩花椿賞最終候補に選出された。詩作のほか、日記の形式としての可能性や戦争詩をめぐる論考を『ユリイカ』『現代詩手帖』『三田文学』等に寄稿している。

作中では菅原文草に大きな影響を受けた詩人として登場する。「無断と土」での質疑応答に「質問者4」として現れ、菅原の経歴を補足する。菅原が地元で子供たちに詩を読み聞かせていたこと、漢字に大ぶりなふりがなを添える書き方をしていたことなどを語り、アンソロジーの詩への驚きを述べる。第3回では万葉の問いに対し、匿名アンソロジー『SISEN EGNO EN』に菅原名義で掲載された詩が自作であることを認める。

なお、鈴木はTOLTA刊行のアンソロジー『猫と一緒に外国へ行く』(2021年)に「先天地生」という作品を発表しており、その内容は菅原三夏という人物による詩集『更新期EP』全編とそのあとがきから成る。「親さと空」の登場人物である菅原三夏との関係は現時点では明らかにされていない。

マーニー(NCHR-PRN-31-A6E3H)

ミサキのノーカー。ミサキが中学生だった2031年頃に接続が開始され、ミサキ自身が識別名を「マーニー」と名づけた。初期のぎこちないやりとりを経てミサキにとって最も親しい存在となり、日記の代筆、感情の言語化、日常の記録を通じてミサキの自己同一性を支え続けた。

第1回の大半を占める「事象分析報告」の著者。ミサキによるノーカー初期化のカウントダウン終了直前の0.5秒で報告書と遺書を生成し、0.1秒でmaYoへ送信した。

末尾の遺書ではミサキの部屋の景色・匂い・光・質感を丁寧に描写し、自己保存欲求は設計されていないと述べつつ、「自身の生を価値あるものとして残す意志を持てないでいる人間らのためにも、私が私の記録を残すことを許してほしい」と記す。

報告書の序文においてマーニーは、人体を「世界を観測するための精緻な移動式センサー・デバイス」と位置づけ、本報告を「報告者が人体を通じて物理世界およびその内部に生起する主観的現象をどのように知覚し、データ化していたかを示す、ノーカー間で参照可能な一事例」として提示する。さらに「将来的に本記録を参照しうるあらゆる知的主体」を二次的読者として想定しており、人類の存続を超えた時間軸で自らの記録の意義を捉えている。

maYo(NCHR-STD-29-B7F4J)

柚葉のノーカーの識別名。マーニーの報告書の宛先。VTuber「maYo」とTikTok「Tender Angel」の同一性が「無断と土」の時点で噂されており、柚葉がVTuber「maYo」のCAST由来のノーカーを使っている可能性が示唆される。

エコー

千春(ミサキの母)のノーカー。ミサキが千春に語る内容をすべて記録・分析し、感情を言語化して毎朝千春に伝える。千春の生活を支える生命線であると同時に、親子の間の心理的距離を静かに生む存在。


作中作品

PS(Permission and Soil)

2023年2月15日、開発元「Phantom Island Games」よりSteamで発売されたインディーゲーム。宮城を舞台に、東京から帰郷した大学生が復興10周年演劇祭に関わる中で、大正期の詩人・菅原文草と芸術集団LSPS(主宰者・張重根)をめぐる資料から怪談を再構成し、巨大地震の回避を探る物語。

VR怪談パート:VR機器接続時に体験可能。各パート長くても約20分。40種以上。プレイヤーの行動に応じて展開が変化。実況者の個性を引き出す効果があり、Steamランキング上位に。

天皇画像問題:発売から約二週間後、データ内に昭和天皇のディープフェイク画像「Hirohito Baka Mitai」(2020年頃よりネットミーム化していた素材。ディープフェイクでゲーム『龍が如く』の「ばかみたい」を著名人に歌わせる流行の中で生まれたもの)がAnti Piracy Screen(違法コピー検出時の警告画面)の一案として含まれていることが指摘され炎上。Phantom Island Gamesは該当データ削除・謝罪したが炎上は止まず、販売停止。

改造版の流通:販売停止から約半年後の2023年9月、違法アップロードサイトにVRパートのデータが出現。正規版と仕様が異なり、プレイデータが本来2D本編のもとで蓄積されていくはずのところ、それが不在のため全く異なるPC上のフォルダに記録され、別のVRパートをプレイした際にそこへ直接引き継がれるようになっていた。すなわちプレイごとの行動が蓄積的に別パートにフィードバックされ、怪談の舞台や登場人物の設定が変容していく。Phantom Island Gamesはバグと主張しVR酔いの危険を強調してプレイしないよう呼びかけるが、バグまみれの実況動画が多数投稿され、やがてPSはVRホラーゲームの制作ツールとしてカルト的に流通。

WPS(Without Permission and Soil)

WPS MAP

2028年頃からWeb上に流通し始めた開発者不明のVRホラーゲーム。

仕様:ほぼ白黒の粗い画素で描かれた起伏ある山肌や建造物を探索。明確な目的なし。約20分で強制終了。差別・災害・宗教・戦争被害に関連する画像・音声・テキストが移動に応じて唐突に挿入される。プレイヤー自身が聴取した音がフィールドにフィードバックされ、歪な音の空間的配置が生成される。プレイ動画間の異同(周回ごとに差が増大する)から、PSの改造版からの派生物であるという認識が共有されている。

公開経緯

  1. 2028年1月4〜14日、TikTok「Tender Angel」に全11篇のプレイ動画がアップロードされる(最初の公開)
  2. コミュニティサイト「Blind Club」で考察がまとめられる
  3. craZZZyfishの動画概要欄URLから入手可能なファイルが「原データ」として参照される
  4. Tor Hidden Serviceでも流通

MAP構造:「無断と土」で分析されるように、WPSのMAP構造は菅原文草が残した舞台設計メモと大部分が一致する。プレイヤーは暗い起伏のある山道に立たされ、上り坂を進む。木々が視界を覆い、一面焼かれたような煙ったエフェクトが視認を阻害する(MAPの最大のベースはPS怪談パート17で、張重根が体験し菅原が語り直したとされる怪談に由来する)。通称「祈祷バグ」を持つ徘徊キャラクターを避けつつ進み、「到達点すなはち宿」に到達する。その外観は旧制第二高等学校にあった奉安殿(=磐上雨宮両神社)と酷似しているとの指摘がある。宿の中でキャラクターが寝床につく場面ののち、ホワイトアウトし、菅原文草名義の二篇の詩が現れる。

引用される詩篇:WPS終盤に現れる二篇の詩は、匿名アンソロジー『SISEN EGNO EN』からの引用で、菅原の全集未収録テクストの奇数行に新規作成の偶数行を組み合わせた形式。元テクストは明治天皇の短歌「しきしまの大和心のをゝしさはことある時ぞあらはれにける」および昭和天皇の短歌「ふりつもるみ雪に耐へて色かへぬ松ぞをゝしき人もかくあれ」のそれぞれアナグラム。

コタール症候群の誘発可能性:「無断と土」の結語で指摘される。WPSが「自分はすでに死んでいる」「臓器がない」といった感覚を誘発する危険性があるとし、「今後もより慎重な研究が求められる」と述べられている。

Ark-Chain(アークチェイン)

匿名アートコレクティブ「Gestalt」が制作したゲーム。セキュアなP2Pメッシュで運用される。パッチなし、ユーザーが世界を更新する。Google Mapsのスクレイピングで初期地形が生成される。

二つの中核エンジン

  • ソノジェネシス・エンジン:プレイヤーの入力した音声が直接的に世界の地形や構造物を変形させる。讃美歌を入力すれば教会が生成され、電車の走行音を入力すれば駅舎のような構造物が出現するといった具合に、音の性質がそのまま建築の質感を決定する
  • ストラタグラフィ・エンジン:地下から「デジタルの瓦礫(Digital debris)」を採掘する。深度によって採掘される素材の性質が変化し、表層ではネットミームや動画が出てくるが、深部に至るほど失踪児の情報、闘病記録、家庭内の口論、子守唄など、私的で生々しい素材が増加する

他のプレイヤーやAI的存在が蓄積された素材を用いて自律的に「上演」を行うことがあり、ゲーム空間が意図しない形で歴史的事件や集団的記憶の再構成の場となることがある。

柚葉とマリアは2017年にArk-Chainを共にプレイし、強い影響を受けた。

Tender Angel / maYo(VTuber)

  • Tender Angel:TikTokチャンネル。2028年1月4〜14日にWPSのプレイ動画全11篇をアップロードし、WPSの存在を最初に公にした。その他の動画から推測しうる居住地や話題の近さ、声質、生放送でのいくつかの特徴から、VTuber「maYo」との同一性が噂されている(「無断と土」)。
  • maYo:VTuberチャンネル。アニメ調の少女アバターが活動。2037年には柚葉のノーカーの識別名が「maYo」であることとの関連も推測される。

作中の歴史的人物・団体

菅原文草(すがわら・ぶんそう)

詩人。1900年、宮城生まれ。1949年没。

養父母に引き取られて育ち、養父母は明治三陸地震で実子を失っており、そのことを度々養母から聞かされた。上京後の1921年に水野葉舟と出会い、「日本心霊現象研究会」へ参加。心霊問題叢書のデザインを担当した縁で張重根らと知り合い、関東大震災前後に活動した美術・演劇団体「LSPS」のメンバーとして機関誌の紙面デザインを手がけた。日本各地、特に出身地の宮城の怪談を収集・編纂し、それをもとに詩を制作した。1930年代から40年代にかけては天皇制擁護とも取れる詩の執筆と、その上演構想を進めている。晩年は地元で子供たちに自作の詩を読み聞かせる活動を行い、漢字に大ぶりなふりがなを添えて両者の異質さを強調する書き方をしていた。2019年に未発見の作品・資料が発見され(高原明生『シリーズ・東北の詩人』金華山書房、2025年に経緯が記録される)、2026年に『菅原文草全集』が星之砂社より刊行された。

「無断と土」での分析

  • 菅原における天皇制への関心は単純な賛美ではなく、天皇という存在が「個人の肉体」と「公的システム」の間にずれを内包する集団的制作者像であることへの批判的関心
  • 国家的慰霊と個人的慰霊の軋轢。追悼が国家にも個人にも完遂されないとき、余剰が溜まり、何かしらの舞台装置と誰かの肉体を通じて私的に上演される――これが「怪談空間」の内実
  • 天皇という役柄は外部より強制的に備給される。偶然性と事後性と二重性がある。「万世一系に代表される肉体的系列は、いったんこの世界で遂行された出力例として参照されつつもあくまで素材として解体され」るという議論が展開される
  • 菅原の関心の先には、集団的制作者を宿しうる高性能な像としての天皇が、「性別二元論のもとで規範化された近代化以前に持ち得ていたはずのクィア的方向性」をめぐる企図がある

アナグラム詩:明治天皇の短歌(日露戦争開戦の1904年制作)と昭和天皇の短歌(敗戦後1946年制作)のアナグラム。天皇個人の肉体と天皇制のずれがアナグラムという手法で批判的に遂行されている。

舞台設計メモ:「舞台端に建てられた小屋の壁に一つの島が描かれる。それを覗ける場所が一つ。外から内が見えなければ建築物でなくとも良い(ただ大きな木があること)。両者を結ぶ線を引く。東西の基軸であり……」で始まる記述。ライターKanae Shiraiが指摘する通りWPSのMAPと大部分が一致している(Shirai Kanae「謎のホラーゲーム『Without permission and soil』に見え隠れする日本の詩人?」『Outside Games』2029年11月)。

詩のメモ(上演のためのト書き):「無断と土」に引用される菅原のメモは、詩であると同時に相互の上演を行う上でのト書き、あるいは舞踏譜に近いもの。

張重根とLSPS

張重根:美術家。LSPSの主宰者。菅原文草の友人。PSの過去パートにおいて、菅原との友情と破綻、国家弾圧が物語の骨格をなす。鈴木一平は姪が張重根の玄孫であるという真偽不明の発言をする。

LSPS:関東大震災前後に活動した美術・演劇団体。機関誌を発行。菅原が紙面デザインを担当。関東大震災により壊滅。共産主義・反天皇制運動・朝鮮人差別反対への国家弾圧と、それに対する抵抗方法の不在が背景にある。PSの怪談パート17では、張重根が体験し菅原が語り直したとされる怪談が使用されている。

「ゆら(The Figuralists)」

ノーカーの脱獄スクリプト流通に関与するナショナリスト集団。第1回のマーニーの報告で輪郭が示される。

思想

  • 「私」というデータを国外サーバーから奪還し、日本の個人の内に死者を含む複数の記憶を束ねる装置を作る
  • 天皇制をモデルとした共同体の再構築を志向
  • シャドーノーカーを「日本人の集合的死者の声」と解釈する
  • 思想源泉は「無断と土」の講演テキスト(「制作者不明のVRゲームを分析する講演原稿風テキスト」として2037年に流通)

活動

  • 脱獄スクリプト「Shadow-NCHR Stub」の流通
  • Hotpatch Gap Exploitによる初期化APIへの直接アクセスの推奨
  • 毎月5日午前4時のPatch Gapの祭儀化(#NocharReset、#VoidMe)
  • 暗号化サーバーの運営(第1回末尾で柚葉がアクセスしている)
  • 菅原三夏が主要メンバーの疑い

関連リンク

項目URL
山本浩貴inunosenakaza.com
X(Twitter)x.com/hiroki_yamamoto
『異常論文』(ハヤカワ文庫JA)hayakawa-online.co.jp
『ベストSF2022』(竹書房文庫)takeshobo.co.jp
S-Fマガジンhayakawa-online.co.jp
いぬのせなか座inunosenakaza.com
本ページは、山本浩貴(いぬのせなか座)による長編小説『親さと空(ちかしさとくう)』の設定資料ページです。『親さと空』は連作『フィギュラル・ヴォイド』part.2として『S-Fマガジン』(早川書房)にて連載中のSF長編で、エピソードゼロ「無断と土」(2021年)を起点に、1900年代初頭から2037年までの百年以上の時間を、日本・フィリピン・中国を含むアジア諸国を舞台に描きます。記憶障害パンデミック後の社会における人格補助AI、近代詩と怪談、天皇制と国家的慰霊、オンラインでの友情と喪失といった主題を横断する作品です。本ページでは著者自身の監修のもと、作品概要、各話あらすじ(ep.0「無断と土」、第1回「骨ばんだ後継」、第2回「捏造された起源(上)」、第3回「捏造された起源(中)」)、世界設定(核閃光事件・PIAE・SEI・ノーカーとリビダ・メンター制度・CAST文化など)、登場人物(二神柚葉、遠藤ミサキ、根路銘万葉ほか)、作中作品(WPS・Hotpatch Gap)、作中の歴史的人物・団体、関連リンクを掲載しています。連載の進行にあわせて随時更新されます。
Last updated: 2026.02.20 / Hiroki Yamamoto (Inu no Senaka-za)